おもちゃを振り回す

 別に何か語るための題目もないのに、文章を書きたいと思うような時がある。こういうときTwitterで独り言を発信すればいいのかもしれないが、「文章を書きたい」という時に使うツールではない。今の私にとってTwitterの呟きは反射的なものになっているし、やっぱりこういう場で書く方が良いように思う。

 

 

 最近よく、自分の中にある横暴で暴力的な感情や行動について考える。それはほとんど家族といる時ー心を限りなく許していて、つながりが切れる可能性が非常に低く、どんな行動をとっても受け止めてくれるであろう存在の前でー片鱗が現れる。

 

 つまり甘えだ。

 

 私はこの感情と行動が表に現れた時、ものすごく嫌悪と羞恥と後悔に襲われる。自分のあまりの未熟さに頭を振り回して壁に打ち付けたくなるし、叫び出したくなる。

 

 もう一つよく考えるのが結婚についてだ。結婚した人、する人、そういう未来がほとんど定まった相手がいる人…周囲に立ち現れ始めた結婚と言う概念を感じる度に、先に書いた自分自身の甘えや弱さを思い出す。そして、やっぱり結婚はできない、と思わずにいられない。いや、結婚できない(しない)と思う理由はこれだけではないのだが。

 

 私は自分の中の横暴な感情と行動が人を傷つけたり不快にすることを恐れる。対人関係に対して臆病なのだ。身勝手なくせに嫌われることが怖い。何とも青くて未熟だと分かっていても止められない。

 

 いつかこの先へ行ける時が来るのだろうか。ここを抜け出して成長する時が来るのだろうか。今は皆目見当がつかない。